― ハイアーセルフ、守護霊、守護神、そして潜在意識 ―
私たちは、ときどき「自分を守ってくれているものがある」と感じることがあります。
危ないところで、なぜか助かった。
なぜかこちらを選んだら、うまくいった。
「あのとき、もう一つの道を選んでいたらどうなっていただろう」と、後になって思う。
そんな経験をすると、
「もしかしたら、何かに守られているのかもしれない」
と感じることがあります。
昔から人間は、そうした「自分を守ってくれるもの」に名前をつけてきました。
ハイアーセルフ。
守護霊。
守護神。
あるいは、ご先祖様や土地の神様。
呼び方はいろいろですが、共通しているのは、
「自分には、自分だけではない何かが寄り添っている」
という感覚なのだと思います。
では、それはいったい何なのでしょうか。
あなたを守ってくれるもの
私は、「本当に神様がいるのか?」という問いには、あまり意味がないと思っています。
あるか、ないか。
存在するか、存在しないか。
信じるか、信じないか。
そうやって白黒をつけようとすると、かえって大切なものを見失ってしまう気がするからです。
たとえば、山に入るとき。
「山には神様がいる」と思っている人は、山をとても慎重に歩くでしょう。
天候を読み、足元を見て、木々の変化を感じ、無理をしない。
一方で、
「山には何もいない。ただの山だ」
と思っている人もいるかもしれません。
でも、その人が山の変化をよく観察して、安全に行動するなら、結果として自分を守っているものは同じなのかもしれません。
私は、神様や守護霊というものを考えるとき、このことがとても大切だと思っています。
「それが何なのか」を決めることよりも、その何かが自分の捉え方により決定されている。
そこに意味があるのではないでしょうか。
ハイアーセルフ、守護霊、守護神
スピリチュアルの世界には、似たような概念がたくさんあります。
ハイアーセルフ。
「より高次の自分」とされる存在です。
守護霊。
自分を見守り、導いてくれる霊的な存在。
守護神。
自分を守ってくれる神様。
それぞれの考え方や宗教的背景は違います。
けれど、私はこれらをすべて、
「自分の中にある、自分を守ろうとする力を、人間がそれぞれの文化や言葉で表現してきたもの」
として捉えることがあります。
もちろん、「本当に霊的な存在として存在している」と考えてもいい。
神様として信仰してもいい。
ハイアーセルフという言葉がしっくりくるなら、それでもいい。
私は、それを否定する必要も、証明する必要もないと思っています。
大切なのは、
その存在を通して、自分自身の内側にあるものに気づけるかどうか
なのではないでしょうか。
私の考える「守ってくれる存在」
私自身は、ハイアーセルフや守護霊、守護神と呼ばれているものは、かなりの部分が自分自身の潜在意識の投影なのではないかと考えています。
少し冷たい言い方をすれば、
「外から自分を守ってくれる何か」
ではなく、
「自分の中にある、自分を守るための超自我的センス」
なのではないか、ということです。
人間は、自分が意識している以上に、たくさんのことを感じ取っています。
表情。
声のトーン。
空気の変化。
相手との距離感。
過去の経験。
身体の感覚。
そして、自分でも言葉にできない「なんとなく嫌だ」「こっちのほうがいい気がする」という感覚。
頭では判断できていなくても、潜在意識はすでに何かを判断していることがあります。
それが、
「今日はやめておこう」
という感覚になったり、
「こっちへ行ってみよう」
という直感になったりする。
そして、後になって、
「あのとき、何かに導かれていたのかもしれない」
と思う。
私は、その「何か」の正体が潜在意識なのではないかと思うのです。
だから、
「守護神はいるのか?」
と聞かれたら、
「いると思えば、いるのだと思う」
と答えます。
逆に、
「そんなものはいない」
と思うなら、それもまた、その人にとっての現実なのでしょう。
これは「何でも思い込めば現実になる」という単純な話ではありません。
人間は、自分が「存在する」と認識したものを通して世界を見るからです。
神様を感じる人には、日常の中に神様を感じる瞬間が生まれる。
守護霊を信じる人には、「守られている」と感じる出来事が積み重なっていく。
そして、それによって安心して生きられるのであれば、それはその人にとって確かな意味を持っています。
すべては潜在意識の賜物
私は、ここで「だから神様なんて存在しない」と言いたいわけではありません。
むしろ逆です。
「存在するか、存在しないか」という二択から、一度離れてみよう。
ということです。
神様がいる。
守護霊がいる。
ハイアーセルフがいる。
そう考えることで、自分の中にある潜在的なセンスを引き出せるのなら、それは素晴らしいことだと思います。
そして、その「神様」や「守護霊」という言葉の奥に、自分自身の潜在意識があるのだとしたら、それもまた、とても面白いことです。
人間の潜在意識には、自分では気づいていない情報がたくさん蓄積されています。
これまで生きてきた経験。
失敗したこと。
成功したこと。
誰かに言われた言葉。
身体で覚えた感覚。
自然の中で感じたこと。
食べ物の味。
季節の変化。
人との関係。
そういうものが全部、自分の中に積み重なっています。
意識している自分は、
「どうしよう?」
と迷っている。
でも、もっと深いところでは、
「こっちだよ」
と答えが出ていることがある。
それを私は、ハイアーセルフと呼んでもいいと思う。
守護霊と呼んでもいい。
守護神と呼んでもいい。
あるいは単純に、
「自分の潜在意識」
と呼んでもいい。
名前は、それほど重要ではないのかもしれません。
大切なのは、
潜在意識が持っているものを、自分自身がどこまで引き出せるか。
そこなのだと思います。
安心して毎日生活しよう
そう考えると、少し気持ちが楽になりませんか?
「私は守られているのだろうか?」
と、毎日確認する必要もありません。
「守護神からのサインは何だろう?」
と、すべての出来事に意味を探す必要もありません。
もっと普通に生活していい。
ご飯を食べて。
仕事をして。
土に触れて。
料理をして。
人と話して。
笑ったり、失敗したりしながら、一日を過ごせばいい。
その中で、
「なんとなく今日はやめておこう」
と思ったら、少し立ち止まってみる。
「なんとなく、こっちがいい気がする」
と思ったら、その感覚を大切にしてみる。
それが本当に神様からの声なのか。
守護霊からのメッセージなのか。
ハイアーセルフなのか。
それとも、これまで生きてきた経験から生まれた潜在意識の判断なのか。
そんなことは、最後まで分からなくてもいいのだと思います。
もしかしたら、人間には自分で思っている以上に、自分自身を守る力が備わっているのかもしれません。
昔の人は、それを「神様」と呼んだ。
ある人は「守護霊」と呼び、
ある人は「ハイアーセルフ」と呼ぶ。
そして現代の私たちは、それを「潜在意識」と呼ぶこともできる。
呼び方が変わっただけで、見ているものは案外同じなのかもしれません。
「自分は守られている」
「自分はなんてラッキーなんだ!」
と思って生きるのは幸せなことです。
それが神様なのか、自分自身なのか。
そんなことは、どちらでもいい。
自分の中にある力を信じて、今日を安心して生きる。
そして、必要なときには、その奥にある自分自身の声に耳を澄ます。
それだけで、十分なのではないか、と思うのです。

